花鶏と獺祭

昼休みがもうすぐ終わる。 教室に戻ると、机の上にたくさんの本を広げている姿が見えた。 柏宮花鶏(かしのみや あとり)。詩を書くのが好きな同級生である。 自分の席に戻るため近くを通ろうとした。すると本にぶつかり、落としてしまった。 僕は咄嗟にごめんと謝った。 「大丈夫」 僕は落ちた本を拾い上げ、机の上に戻す。 「ありがと。もうこんな時間か。熱中してたら、時間が過ぎるのはあっという間だね」 落ちた本のタイトルを見る。漢詩の本のようだ。 「漢詩作りの勉強中。図書館で借りてきた」 他の本も漢詩に関係した本のようだ。 「昔の人も詩文を作るときにこうやって資料をたくさん並べてたみたい。まるで川獺が魚を並べるように」 花鶏は話を続ける。 「昔の漢詩を踏まえて新しい漢詩が作られることもある。例えば……」 そう言って花鶏は一冊の本を開いた。 「果下自成榛。このフレーズは、桃李もの言わざれども下自ら蹊を成す、を踏まえてる。これは美しい果物の周りには自然と人が集まるって意味」 そういう言葉があるのか。 「でもこの詩では、そんな美しい果物があっても人が来ないほど寂しい場所だっていうことが詠まれてる」 昔の言葉を取り入れて、新しい風景を作り出す。この本に載っている詩ではそういったテクニックが使われているらしい。 「昔の漢詩に込められた思いが、現代に受け継がれる。昔と今が決して分断されたものではないってことを教えてくれる」 花鶏は嬉しそうに語る。 「次は私が漢詩を現代に伝えたい。私ならどんな漢詩を作ろうか。例えば……」 詩を考えだそうとしたところでチャイムが鳴った。昼休みが終わる合図だ。花鶏は慌てて机の上を片付ける。僕も席に戻った。