花鶏と飲酒

「飲酒は、いいぞ」 同級生の花鶏から衝撃的な一言が飛び出してきた。聞き違いかと思ってもう一度聞いてみたけど、 「最近、飲酒を嗜んでみたけど、素晴らしい味わいだった……」 と言っていた。花鶏は昔から漢字の勉強が好きで、最近は親孝行にも励んでいて立派な存在だと思っていた。そんな花鶏が犯罪行為を? どう反応すればいいかわからず戸惑っていると、花鶏はいたずらっぽく笑って、 「くひひ、飲酒っていうのは詩の名前。そういう名前の詩を読んだだけ」 と言った。紛らわしい……。 「飲酒は隠逸詩人陶淵明の漢詩で、二十首あるんだけど、其五が特に有名みたい」 そういうと花鶏は手帳を開いた。 「問君何能爾、心遠地自偏。私は自然の中で悠々自適な暮らしをするのに憧れてるけど、達人ともなればどんな場所でも隠棲できるみたい」 心の持ち方次第でどんな場所も僻地になるらしい。 「采菊東籬下、悠然見南山。菊を摘んで遠くの山を眺める。いいよね……」 花鶏は陶酔している。 「この中に人生の真意があるけど、それは言葉にならない、って一節で締めくくられる。不立文字ってことかな。やっぱり何事も経験」 やってみないとわからないということか。何はともあれ、本当に飲酒をしたわけじゃなくて安心した。 「其五以外にもいい詩が沢山。酒中に深味ありって一節もお気に入り。お酒の中にある本当の味わいを知りたい。何事も経験しないと分からないから」 結局飲酒に興味があるのか。20歳までダメだよと言うと、 「人生は儚い。世間体を気にしてお酒を飲まないなんて勿体ないよ」 と言った。本気なのか冗談なのか。 「これも詩の一節。お酒の味は気になるけど、大人になってからだね」 流石にその辺りの良識は持っているようで安心した。 しかしその後も花鶏はお酒の魅力に誘惑され続けるのであった。