花鶏と邂逅

新しい教室は静かだった。 授業中にくだらない話をして盛り上がっていた友人たちは、2年生になると違うクラスに行ってしまった。新学年初めての授業は慣れない静かさに包まれていた。 僕は何気なく窓の外を眺める。青い空。 視線を少しずらすと、窓際の席の女子が紙に何かを書いているのを見つけた。 その女子と目が合ってしまった。思わず目線を逸らす。 退屈な授業時間が終わり、休み時間となった。 「君もエンザンに興味ある?」 別のクラスの友人たちに会いに行こうと思っていると、その女子に声をかけられた。彼女を見ていたと思われたかもしれない。 エンザンとはなんだろう。演算だろうか。数学の勉強をしていたのだろうか。 僕が戸惑っていると、女子は紙に文字を書いてこちらに渡してきた。そこには「鉛槧」と書かれていた。 「鉛槧、つまりは詩文を書くということ」 鉛の字は知っているが、槧の字は初めて見た。この話をしたということは、彼女は詩を書いていたのだろうか。そう尋ねると、「そだよ」と返ってきた。 どんな詩を書いていたのか知りたくなった。見せてほしいと言うと、もう一枚紙をもらった。 「この詩は、嶷然たる峰巒、千仞の谿壑に思いを馳せて作った詩。彫琢は完了してないから、まさに璞玉のようなものだけど」 何を言っているのかわからない。紙を見てみると、やはり何もわからない。読めない漢字しかない。どう返答するか悩んでいると、 「ごめんね。私は難しい漢字が好きで、こうやって詩にすることで読み書きしてる。漢字と友達になるというか、体の中に取り込むというか……」 と言ってくれたので、気持ちがほっとした。同じ中学2年生でここまで難しい漢字を知っていることに感心した。 そういえば彼女の名前を知らないので、聞いてみた。 「私は柏宮花鶏(かしのみや あとり)」 僕も名乗った。 「これが、私たちの邂逅だね。くひひ」 花鶏はいたずらっぽく笑った。