「令和の由来って、知ってる?」 同級生の花鶏(あとり)からの問題だ。 元号が平成から令和に変わって数年が経つ。変わった当時は色々盛り上がっていたような気もするが、あまり興味がなかったので覚えていない。 「令和の由来。それはね……、万葉集だよ」 名前は聞いたことがある。古い和歌集、だったと思う。 「万葉集。人口に膾炙した書物といえど、通暁している人間は少ないのではなかろうか」 言っていることがよくわからないが、たぶん万葉集に詳しい人が少ないという意味だろう。 「まぁ、私も知悉しているわけじゃないけど」 そう言うと花鶏は手帳を取り出し、読み上げ始めた。 「……時に、初春の令月にして、気淑(よ)く風和(やわら)ぎ、梅は鏡前の粉を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫(かおら)す」 花鶏は目を閉じている。じっくりと鑑賞しているのだろうか。 「いいよね……。私もこういう難しい漢字を使って叙景ができるようになりたい」 余韻に浸っている。以前難しい漢字と親しくなるために詩を作っていると言っていた。もしかすると漢字を使う方が目的なのかもしれない。 「閑話休題。令月の令と、和ぎの和、2つを合わせて令和になった」 そうだったのか。 「この後に梅花に関する歌が続く。昔の人は梅を見て何を思ったのかな」 花鶏は僕を見つめる。 「初春の令月、君も梅花を鑑賞しない?私は私なりの詩を紡ぎたい。君の感想も聞きたい」 見つめられてドキッとする。思わず承諾したが、梅の季節はいつだろう。 あとで調べてみると、開花時期は1月から3月とのことだった。つまりは来年である。 口約束は儚いものである。来年には僕はこのことを忘れているだろうし、花鶏もこの約束を忘れているかもしれない。 僕には予定をメモする習慣がない。それで破ってしまった約束もある。 梅の鑑賞会が実際に行われたときのことを空想する。そんなことを考えながら眠りについた。