「私の病気、治らないかも……」 空気が冷たくなるのを感じる。 初夏の教室で、同級生の花鶏から告げられた衝撃の告白。儚げな表情で佇んでいる彼女を見ると、いつかこの命の灯が消えてしまうかもしれないという不安に駆られる。 しかし、花鶏が病気だなんて知らなかった。一体何の病気なんだろう。 「煙霞痼疾って言葉、知ってる?」 知らない言葉だ。そういう名前の病気だろうか。 「煙霞痼疾っていうのは、自然や山水を愛でる気持ちが強くて病気みたいになってること。私のこの自然に触れたい気持ちも、病気なのかも……」 花鶏はよく自然が好きだということを話している。美しい景色を観察して、詩を作るのが好きらしい。 そんな花鶏の感情を、煙霞痼疾という言葉は的確に表しているのかもしれない。 ん?ということは、花鶏は別に体が不調というわけではないのだろうか。 「そだよ」 僕はほっとした。花鶏を見るとくひひと笑っていた。なんだか花鶏に振り回されてばかりな気がするな……。 「図書室で借りてきたけど、これは美しい秘境の景色がいっぱい載ってる本だよ。見てみる?」 花鶏が図書室で借りた本を一緒に見ることにした。その本には写真付きで絶景が解説されていた。 「いいよね……。行ってみたいところばかり」 花鶏は嘆息を漏らす。 「私の夢、君に話したことあるよね。こういう秘境で隠逸生活。社会の柵から逃れて、詩作しながらひっそりと生きていきたい」 そうして花鶏は夢想の世界へと旅立ってしまった。 病弱少女ではなかったが、社会から逃れて孤独に生きようとする姿にはどこか儚さを感じてしまう。 僕たちは日々教えられ叱られ、社会に出るための準備をさせられている。それはある意味、病気の治療なのかもしれない。 そんなことを考えながら席を離れようとした。 「そういえば、煙霞痼疾の類義語で泉石膏肓っていう言葉もある」 と花鶏がとっさに付け足した。また新しい知識を得た。